前回(※)は、日系企業によるクロスボーダーM&Aにおいて、財務DDを実施するにあたっての初期的な手続となる「会社概要の把握」における留意点について解説した。
第6回目となる本稿では、損益計算書項目の分析にあたって必須となる対象会社のビジネスモデルの理解について解説を行う。
なお、本連載コンテンツは、CaN International Groupが執筆した書籍「アジア進出企業の会計・税務 事業展開における実務マニュアル(清文社)」を抜粋、編集している。
※本稿末尾の「関連記事」参照
ビジネスモデルの理解
損益計算書項目の検討にあたっては、対象会社のビジネスモデルを理解したうえで、損益構造や正常収益力を把握し、自社とのシナジー項目に関して定量化と実現可能性の検証を行うことが重要である。
(1) 事業環境分析
新興国では業界構造や慣習などの事業環境が日本とは大きく異なるため、対象会社のビジネスモデルの把握に困難を伴うことも多い。しかしながら、買い手が自社の成長戦略に基づきクロスボーダーM&Aを成功に導くためには、対象会社のビジネスモデルを適切に理解することが欠かせない。
対象会社のビジネスモデルの理解にあたっては、組織図やビジネスフローなどの情報をもとに、経営陣や各部署のキーパーソンに対してヒアリングを行うことが有効である。クロスボーダーM&Aの場合、情報の入手やインタビューが制限されたり、ディスカッションが英語で行われたりするなどストレスのかかることが多いが、できる限り対象会社の経営陣やキーパーソンと直接コミュニケーションを図ることによって理解を深めたい。
(2) 対象会社の収益獲得能力の把握
損益計算書に示される過去の経営成績を分析することは、将来のキャッシュ・フロー創出能力を把握する前提として極めて重要な意味を持つ。事業計画はあくまでも将来の予測であるが、過去の経営成績は実際の企業活動の成果であり、今後の収益獲得能力を検討するうえで最も信頼性の高い材料となる。
損益計算書分析は、以下の損益構造分析と正常収益力分析に大別され、両者は相互に関連する。
① 損益構造分析
損益構造分析では、損益計算書の構成要素である売上、売上原価、販売費及び一般管理費、営業外損益、特別損益を個別にさまざまな観点から分析する。そして、損益構造から今後のトレンドについての把握を行い、事業計画の実現可能性を批判的に検証する。特に、新興国企業においては、そのビジネスモデルおよびバリューチェーンとの整合性の観点から、常に懐疑心を持って分析に臨むことが重要である。
② 正常収益力分析
正常収益力分析とは、対象会社が正常な営業活動のもとで本来有している収益獲得能力の分析をいい、一時的または非継続的な収益および費用を除外し、将来継続的に発生する収益および費用を把握することを目的とする。正常収益力分析は会計上の段階損益に加えて、EBITDAをベースとして分析することが一般的である。
なお、新興国企業の正常収益力分析における損益に係る調整項目は一般的に国内企業の場合と比較して多い傾向にある。加えて、税務上の課税所得圧縮のための架空仕入や簿外での当局やベンダーへの支払などといったコンプライアンス上の問題を含む事項の存在によって、M&A実行後ただちに是正できない項目も多いため調整方法には留意が必要である。
(3) シナジー効果の把握
シナジー項目の抽出にあたっては、バリューチェーンにおける主活動(購買、製造、販売など)および支援活動(全般管理、人事・労務管理など)の観点から検討することが有用である。特に、当該M&Aの目的を達成するためのシナジー項目については、その実現可能性および定量化が重要である。
★関連記事★
前回の記事はこちら:クロスボーダーM&Aの実務 (5)-会社概要の把握